セルフヘルプ・グループ「生活の発見会」のメンタルヘルス活動的意義(3)
スライド(12)
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(7)市民生活上の心の問題への関わり(スライド(12))
最後に、スライド(12)に示しましたのは、地道なセルフヘルプ・グループ活動が継続するときに、しだいに社会的な機能が発揮されていくのですが、それをいくつかの角度から述べてみました。ここまでにお話ししてきたこととも重なるので簡略に項目をあげる程度にしますが、一つは現代に生きる人々に生じている心の問題にさまざま関わってきていて大きな力になっています。
前に、引きこもりなどさまざまな問題に取り組む心の会の活動が生まれているという話をしましたね。そういう活動が近年大変活発になっています。そのような地域の中で行われている活動は、全県に設置されている「精神保健福祉センター」などの機関が把握したり、また育てようとしています。ぜひそこに働きかけていただきたいとも思うのです。
(8)地域保健・福祉ケアシステムに参加し、地域内に新たなソーシャルサポート・ネットワークシステムを形成する
文字通りなのですが、これこそ専門家や専門機関または行政機関だけでは作れないもので、人が安心して生き生きと生きていけるためにはさまざまな活動が展開されなければならないと思います。NPO法人となって、新たな活動を展開しようとしている発見会のみなさんには、ぜひこの視点を持っていただきたいと思います。
私は前に、栃木県の精神保健福祉センターの所長を七年ばかりやっていたのですが、そこは県民の心の健康を増進する活動や、地域精神保健のあらゆる活動をやらなくてはいけないんですね。発見会のみなさんはとても健康で非常に力量があるかたたちだと思っていますので、関わっていただくと、地域の側にとっても大きなひろがりがうまれるでしょうし、また発見会の側にもたくさんのメリットが生まれると思います。まず声をかけてとっかかっていただけたらうれしいと思います。
(9)精神的問題・病気・障害の偏見・差別への働きかけ
これは、前の方でセルフ・エスティーム(自己尊厳)というところでお話ししましたが、みなさんが発見会で活発に活動なさること自体が、精神的な問題への社会の偏見や差別をなくしていくことにつながっていくということですね。
(10)「森田理論は普遍的な人間学として、人間らしい生き方を導く指針になる」
(長谷川洋三)
この長谷川先生の言葉・お考えは、まったくその通りだと思います。最近は本当に深刻で考えさせられる事件が続発していますよね。
他人事ではないなと思うのは、つい最近の奈良の医者家族の事件です。家も似たような医者の夫婦なので、本当に冗談ではなくひしひしと感じているんですが、あのかたたちは、お父さんも悩んでいた、お母さんも悩んでいた、あの放火した男の子も悩んでいたと思うんですけれども、助けを求められなかったのでしょうね。一見中堅でしっかりしているというふうに見える家庭の中があれだけ崩壊しているという。まわりの人の言葉を聞くと、「すごくいい子で、なのにどうして」「まわりからも好かれていて、成績もよくて、スポーツマンで、兄弟仲もよくて、家族関係もよくて」と。じゃあ、どうして……と。でも、その後わかったのは、お父さんが非常に期待して暴力まで振るい、子ども部屋を「ICU(集中治療室)」と呼んで、そこで勉強をさせていた、ぞっとしますね。子どもにとって一番ほっとするべき自分の部屋を、「ここはICUだぞ」と言って、最も苦しい場になっているわけなんですよね。そこまでしなくても、私たちも、子どもの気持ちを思いやるよりも、期待から追いつめるような言動をしているかもしれませんね。
「私は悩んでいて、つらいんだ」「どうしていいかわからない、助けてください」と言って発見会につながったり、アルコール依存になって、AAにつながることができ、回復できるというのは、かえって私は幸せだと思うんですよね。
社会に向けて、「みなさんも、一人で抱えていないで、もっと気楽にこういう会に参加して、自分の悩みを語ってみませんか」というふうに発信したりとか、「私は、神経症に悩んで、かえっていっぱい得ましたよ」「人が生きる意味がわかりました」ということだとか、さまざまな価値観、いろんな生き方があることを世の人々に伝えてください。挫折もあるときには必要だとかね。あの事件のお父さんがもし挫折を体験していたら、あの子はああならなかったですよね。順調に外科医になっちゃったというのは、あのかたの一番不幸なところですよね。自己を生かす新たな生き方があることを、社会に向けて提案したり、みなさんが発信していらっしゃることの意味を、お感じいただき、胸をはっていただきたいと思います。悩んでいるけれど外に出せないでいる人たちに、「悩むというのはいいことですよ」「悩みを語り合ってみませんか」という発信をし、もっと違う生き方、新たな生き方を提案していくことが、みなさんのとても大きな役割だと思うんです。
私と長谷川先生のこと
これは、発見会で出された本の題名なんですけれども、『悩むあなたのままでいい』。とてもいい題名ですね(笑)。それとか、『悩みには意味がある』。「悩んでいるあなた自身もいいし、悩むことに意味がありますよ」という発信、それから『あるがままに生きる』というのは、私の父の著書の題名なんですが、それと最後にあげた『あるがままに生き、心豊かに老いる』というのは、みなさんご存じのとおり、長谷川先生が亡くなられた後に出版された本の題名です。
これは、実は、私が栃木県の精神保健福祉センターの所長をしていたときに、「心の健康フェスティバル」を行った際、「中高年の人がどう生きるか」というのが大きいテーマになっている時代なので、年配のかたで素敵な生き方をしたかたに、ぜひ講演をお願いしようと考え、長谷川先生がパッと浮かび、お願いしたのです。この「あるがままに生き、心豊かに老いる」、その副題には、「人生の達人が語る」という(笑)のがついていたのですが。私のセンターで考えてお願いした講演のテーマなんです。その講演の内容が本になり、題名もそのままつけていただいて、とてもうれしく思いました。
その年の秋に、実は長谷川先生が亡くなってしまわれたんです。大手術をなさって、まだ体力も十分ではなかった時に、栃木くんだりまで引っ張り出しまして、私は十分そこを認識していなかったものですから、電話で「お願いできますか」と伺ったら、「いいよ」と割と気楽に引き受けてくださったものですから、私も何しろ少々配慮が足りない人間なものですから、良かった、いい講師をつかまえたと思って(笑)、「じゃあ、こういう題名でお願いします」と。でも一応は先生が手術なさったということは知っていましたので、「ご無理だったらいいですよ」とは申し上げたんですけれども。たぶん、私がお願いしたので断り切れなかったのでしょう・・・。
初めのほうでもお話しましたように、家を飛び出した私は、先生の晩年にようやくいろいろ交流を持つようになってきたものですから、その私のために行ってやろうと、思ってくださったのだと思うのです。そのとき、栃木の発見会のかたたちにも集まっていただいて、前の晩に宴会を持ち、お泊りいただいた翌日に講演をお願いしたんですけれども、その宴会の席で、私は半分は冗談を含めて、「この発見会がこれだけ発展したのは、父が亡くなったからことがきっかけですし、もしかしたら私は、生活の発見会を生んだ影の功労者じゃないでしょうか」と言ったんですよ(笑)。私には罪悪感がとてもあるものですから・・・。そうしたら長谷川先生は、「それは、合理化っちゅうもんだよ」というふうに、一言のもとに言われまして・・・。また、その時の先生との会話で印象深かったのは、私が「ずっと父を死に至らしめたという罪悪感があって、ずっとそのことが気になっています」と言いましたら、長谷川先生はとても温かい口調で「そんなことは、もう全然ないよ。とっくのとうにお父さんは許していると思うよ・・・(涙)」と言っくださって・・・、ここで泣く予定ではなかったんですけれども・・・。家出をして、仲たがいしたまま父は亡くなったものですから、先生の言葉が、まるで父親に「おまえを許したよ」と言ってもらえたような気がしたんです。
こんな講演の演台で、こういうふうに涙すると、北西先生から「比嘉先生、またボーダーレスやってるよ」と言われそうですが、北西先生に言われたときは、「先生は、専門家としての見識がちょっと欠けているよ」と批判されたように感じたんですが、最近思うに、それが私の特徴だと、他の人が真似られない私の特技なのだ(笑い)と開き直ることにしました。 終わりに 長々と私的な体験や考えをふんだん(?)に織り込んだ話を聞いていただいてありがとうございました。
父や長谷川先生や多くの方たちが心血をそそいでつないできた「生活の発見会」を、セルフヘルプ・グループという観点から話しをさせていただきました。
こういう機会を与えていただき、また四号にもわたって多くの紙面を使わせていただいて大変嬉しくありがたく思っています。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
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