セルフヘルプ・グループ「生活の発見会」のメンタルヘルス活動的意義(2)
スライド(11)
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(5)当事者と専門家と市民の三者が協働する場(スライド(11))
スライド(11)の図を見てください。この図を、ぜひみなさんの頭の中にインプットしておいていただきたいなと思います。これは、セルフヘルプ・グループ活動が展開される場が、単に当事者のみの活動に終わらず、三つの異なった立場の人たちがそれぞれの力を発揮する場を提供し、それらが有機的に働きあっていくという構図を示しています。
まず、全体を取り囲んでいる大きな楕円形は「市民性」を表しています。いずれの立場の人も、生活をする一市民でもあるわけですが、発見会活動という場では、三者とも一人の人間として市民性という共通のベース(土俵)に立っての関わりが育まれることを示しています。その中に、三つの円が重なっていますが、それは三つの違う立場の人を表しています。
まず「当事者」ですが、これまで何度かお話ししましたが、神経症者または神経質者ご本人、すなわち発見会会員のみなさんのことです。それに協力する「専門家」の円が重なります。私や北西先生や協力医のみなさんだったり、医者以外の専門家、たとえば心理のかたや編集・出版関係者その他各種専門家のかたたちの支援も受けているかと思います。そして、そこに関わる三つ目の立場が「素人・ボランティア」(一般市民)という円で、さまざまな人がここに入ると思います。たとえば、ご家族の協力も大きな力となっているでしょうし、近隣や職場のかた、月々の集談会その他の活動にさまざまな形で親身に協力してくださっているかたたちが、みなさんの身近には多数いらっしゃると思うのです。セルフヘルプ・グループは、この三者が連携し、協働して活動する場になっているということをこの図は表しているのです。
各三者の特徴などをもうすこし述べてみます。当事者が行う活動の特徴は、市民的ニーズを汲み上げているので、柔軟かつ多様であることです。これは前に詳しくお話ししましたので省きます。そして、三つ目にあげたボランティアのかたたちの活動というのは、まったく自発的・主体的なもので、自らの中でその活動に関わる意味を感じて自主的に支援しているわけです。そのような立場ですと、とても自由な発想やとらわれのない行動ができますから、既成の制度とか法律とか慣習とかに縛られずに、社会がまだ取り組めていないような先駆的で柔軟な活動を、しかも、失敗を恐れずに積極的にできる力を持っているのです。当事者とともに熱心に活動する市民グループが、最近多くの分野でみられるようになってもきましたね。彼らは、身近に感じている矛盾や、制度の狭間で落ちこぼれている問題などに取り組みはじめ、次第に大きな力となって社会を動かしたりもするわけです。そういう先駆的な活動が生まれる可能性があるということですね。
そして二つ目の円として挙げたセルフヘルプ・グループ活動に関わっている専門家たちは、専門機関の枠の中で専門的治療や援助をする場合と違って、一市民として自らの人格や生きる姿勢や生活感などが自然に引き出されます。このような、市民性を持った専門家の活動支援は、異なった立場の三者が、共に市民性という共通かつ対等の立場に立って協働していく状況をつくり、理想的でしかも今日的な活動を大きく進めることになるのです。
しかしここで言う対等の立場に立つことの意味は、三者がまったく平等・均一になる(ボーダーレス)ことではありません。専門家は専門家としての知識だとか、いろいろな方法論などをそこに提供しますし、当事者である発見会のメンバーのみなさんは、自分が回復してきた体験に根ざした観点から活動を発想するでしょう。また、背負っているバイアスが少ないボランティア(市民)は、他の二者が持つ枠にとらわれない自由な発想をするでしょう。それぞれの立場の独自性があってこそ、協働することから豊かな活動が生まれ続けるのです。ですから、当事者(会員)では、神経症の体験と回復した体験こそがその独自性であり、大きな価値があるのです。
協働することで新しい力が生まれる
少々理屈っぽい説明で、どこまでご理解いただけたかなあと思いますが、みなさんが携わっておられる発見会活動で日頃接している人たちを思い浮かべてみてください。たとえば専門家としては、地元の協力医の先生の顔が浮かびますか。その先生に、はじめ病院で会った時には近寄りがたくて緊張しませんでしたか。しだいに互いになじんできて、協力医として集談会に参加したり地域の研修会に講師として来てくれたり、何かのイベントにも参加してくれたり、飲み会で酒を酌み交わしたりするうちに、とても親しみを感じてきて、人間臭い一面を発見したりもするでしょう。今日来ておられる北西先生や私などは、もうまったく仲間の一員と思っていただいていると思いますが、いかがでしょうか。
このように、異なった立場の三者が共通のフィールドで互いに協力することは、これらの力が加算して発揮されるということに留まりません。互いが働きあうことで、各立場の人々を啓発して新しい力や価値観が生まれるのです。発見会はこのように、三者が協働して活動する場を全国各地域で提供しているわけです。このような活動が活発に展開されていると、医療・保健の分野だけでなく、福祉や教育などさまざまな分野の活動も関わる場になっていくと思います。これらメンタルヘルスの関連分野との交流や連携をぜひすすめて行っていただきたいと思います。専門機関や専門家への働きかけも、気が重いからと避けてしまわないで、ぜひ積極的にしてください。
このようにセルフヘルプ・グループ活動の場では、創造的な活動が展開されていくだけではなく、そこに関わっている個人にも変化をもたらします。影響を受けることが少なそうな専門家(治療者)も、セルフヘルプ・グループ活動に関わることから大きな影響を受け、治療者のアイデンティティーにも関わるような自己変革体験をすることもよくあるのです。そう言ってもピンときにくいでしょうから、私自身の体験を例にとって話してみたいと思います。
(6)専門家の自己変革体験(私の場合)
私自身が、セルフヘルプ・グループによって育ててもらったという想いがとても強いものですから、少し寄り道になりますが、そのプロセスなどを話してみたいと思います。私だけではなく、セルフヘルプ・グループ活動や発見会活動に熱心に関わり続けておられる専門家のかたたちが、しだいに変わっていかれるのを感じることがありますよね。ここに居られる北西先生も明らかに変わられたというか、失礼ながら、とても人間味が増して成長なさった(笑い)ように私は感じますが、みなさんはどう思われますか。
未熟でまったく自信がなかった私が、一人前の精神科医になるための最初の関門は、女性アルコール依存症者との熾烈な戦いでした。「アルコール依存症も治せないダメな精神科医」、「アル中にも侮られる頼りない女医」とみられまいと必死だった私を、筋金入りの女性アルコール依存症者たちはこれでもかと翻弄し続けました。「医師は病気を治す力を持たねばならない」という万能感を持ち、その裏では「自分は病気を治せるだろうか」という恐れと「治さねばならない」という硬直した義務感にとらわれ、治せないことにコンプレックスを感じ、「絶対に治してみせるぞ!」「治さねば」とむきになっていき、とらわれていったのですね。考えてみれば思想の矛盾に陥っていたわけで、神経症と同じですね(笑い)。しんどかったです。
悪戦苦闘の末に精根尽き果てた私は、「私にはアルコール依存症は治せない」と白旗を掲げました。その時はもう恥も外聞もなく、本当にこの人たちは自分にはどうにもならない、治せないことを認めざるをえなかったのです。「私には治せないけど、自助グループ(AA)に一緒に通いませんか」と提案したんです。その時たぶん五人ぐらいの女性アルコール患者さんが入院していたと思いますが、それからAA通いがはじまりました。そしてそのほとんどがAAに定着して、回復したのです。
それまで一人も治らず難治だったアルコール依存症者が、ただセルフヘルプ・グループに通うだけで次々に回復していくなんて、まるで奇跡のように私には思われました。「治せなければ有能な医者じゃない」「医者は病気を治さねばならない」というとらわれがなくなった時、医師の万能感という呪縛からようやく解き放たれたのです。突っ張らないで、あるがままの自分でいいんだ、専門家にも限界があっていいと思え、できないことはできないと率直に認めたらとても楽になりました。
「医者としての無力」がわかった時
そうすると不思議なもので、それまで見えなかったアルコール依存症者の気持ちが良くわかるようなり、患者さんたちからも信頼されるようになったのです。きっとその時に、「良い医者と評価されたい」というとらわれから脱したのだと思います。それが、私が「医者としての無力」がわかったときだったのだと後からわかりましたが、森田療法による神経症からの回復とピッタリと符号していますよね。この「無力」という体験は、「あるがまま」を別の角度から表現していると言ったほうがわかりやすいでしょうか。これが実感として体得できたことは、私にとって非常に意味深いことでした。
「無力」を受け入れるということは、医師としての価値観やあり方としてだけではなく、治療理念としてもとても深い示唆を持っていることもわかってきました。そして、私の中で、それがアルコール依存症の治療と森田療法とそして人の生き方とが深いところで通じ合う原点ともなっていったのです。そんな想いがあるものですから、一層の横道になってしまいますが、もう少し「無力」について話させてください。
森田療法でも、「治そう治そうと思っても治らない、治らないと思ったときに治る」と言われますが、アルコール依存症の回復でも。回復の第一段階は「無力」を認めることなのです。自分はもう生きていくことがどうにもならなくなった時に、観念して自助グループに任せることにする。「ハイヤーパワー」という大いなる力に身を任せる決心をした時に、はからいがい消えて正気に戻っていることに気づくわけです。これが、AAの12段階ある回復のステップのうちの第1・2・3のステップなのです。第1ステップが無力を認め、第2ステップが身を任せることにする、第3ステップは任せることで自分が正気に戻ることを知ったという、3つのステップというのはとても大切なのですが、これは森田療法にもぴったり符合するんですね。
症状は治らない、あきらめろと。これを一生背負っていくのかとがっくりするわけですけれども、そして、そこで森田先生の達見は、「治らないけれども、ぼくに任せろ」と言ったんですね。もう何も考えないで、自分に任せなさいと。または、他力本願という言葉がありますが、今なら森田療法に任せる、または発見会に任せる。そうすると、何か大いなる力があって、電車に乗れるようになっちゃったとか、前よりも生きやすくなってきたという、それが実際に起きてくるんですよね。
またもうひとつ、私がセルフヘルプ・グループとの関わりから学んだのは、アルコール依存症者や神経症者がセルフヘルプ・グループの中で回復する姿を数多く見てきたことで、ひどい状況の人たちが(ごめんなさい)がみごとに回復することを信じられるということです。そこが私の医者としての私の専門性でもあると思っています。
またさらに、回復のプロセスを当事者からたくさん学びました。たとえば、アルコール依存だった人が、回復して女性としてもすばらしい生き方をしている人が何人もいるんですけれども、その回復のプロセスを時々伝えにきてくれるんですね、診察で話しに来るということで、こちらは、お金をいただいて、みなさんから学ばせてもらっているようなもので申しわけないのですけれども(笑)。
私のそんな体験からも、もっと日本中の精神科医が発見会の力を信じて、いろんな回復のプロセスを示す方の体験を聞かれたら、森田療法ってすごいんだなとか、なるほど、こういうふうにして回復していくのかと、とても勉強になるのではないかと思います。
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