「価値観の没却」と「不可能なことなし」の体得
それでは三期の話に入らせていただきます。三期では、「何事についても、『事実本位』『事実唯真』であたる」と森田博士はおっしゃっています。また、「現実にある目に見えるものがすべてである。それにしたがって、判断、行動することが大事である」とおっしゃっておられます。その「事実唯真」に基づいて、「生の欲望」にしたがって、「恐怖突入」をするということが大事です。そこが大体、三期のポイントでもあるわけです。これが森田療法の「虎の巻」の部分になります。これがうまくできれば、森田療法を伝授し終えたということになるわけです。
三期ではどういうことをするかといいますと、ここでも森田博士は二つの治療目標をあげておられます。一つは「価値観の没却」。物事の「『善し悪し』『好き嫌い』をつくらない」「すべてを平等に見る、受けとめる」ことが「価値観の没却」ということです。もう一つは「『不可能なことなし』の体得」という治療目標を掲げておられます。この二つをうまく組み合わせて、「死の恐怖」から「生の欲望」に置き換えられるということをしておられます。
そのことについて少しふれさせていただきますが、いろいろな事態に直面したときに、好き嫌いを言わない。「ぼくはそれは嫌いだから、しない」とか「それはヤバイから逃げておく」とか、そういうことを言わずに自分にふりかかったものは受けとめる。そのことの善悪、是非、善し悪しは言わない。それは基本的に私の理解するところでは、森田博士の言っている「思想の矛盾」というのがあって、ノイローゼ、神経症の人は思いに無理がある。無理ができるというのは、「かくあらねばならない、あれではだめだ」という、区別でなくて差別をする。そこが問題です。そのために迷いができて、ぎくしゃくして、判断を誤るということが起こってくるかと思います。だからまず森田博士は、「価値観を入れないで物事に当たる」ということをすすめておられます。
今ひとつは、「『不可能なことなし』の体得」でありますが、考えようによったら、「そんなことできるわけないじゃないか」と思われるかたもいるかもしれません。「人間不可能なことがないわけがない。可能なこともあるけれども、不可能なこともあるのだ」と思うかもしれないのですが、これはものの考えかたの問題であって、基本的には直面した問題については「処理できないことはないのだ、うまく対応できるのだ」ということを言っておられるわけです。

|