こうして症状から解放された(論文・エッセイ)
| 行動が性格を変える(4) /長谷川 洋三 (前・生活の発見会会長) |
| 考えと考え方 私たちの日頃の行動は、私たちの価値観や人生観によって方向づけられます。対人恐怖症に悩んでいる人は、こんなことを言ったら笑われないだろうか、こんなおどおどしている自分はどう見られているだろうか、そういういことばかり気にして、そこで何が話しあわれているか、という肝心なことはうわの空ということがあります。 そういう会合に出るのがつらくて、何とか口実をもうけて出ない算段をしたりします。ひとつの行動様式ですね。 こうした行動様式は、どういう価値観なり人生観によるものでしょうか。人前で緊張し、人の思惑ばかり気にして話もできないようなことは、人間としていちばん劣等なことで、自分がそういう人間であることを恥辱と考えています。どんな人の前でも、落着いてきちんと話ができ、ときにはユーモアに満ちた話でみんなを楽しませることができ、好感をもたれ、信頼もされる人間でなければ、生きている価値がない、といったようなことを考えているのではないでしょうか。だから、緊張し、おどおどしている自分を受けいれることができないし、そんな自分の正体を人前にさらしたくないのです。 森田理論の学習によって、時に、人前で緊張し、思惑を気にするということは、人間の自然の性情であって、これがあるからこそ、人と協調もできるし、人の気持ちも思いやることができる。気心のよくわからない人とか、日頃、尊敬している人とか、その人の機嫌をそこねるとあとがこわいとかいう人の前では、とくに緊張するものですが、それは用心深く対応していることなんですね。そのままでよいので、ということを学びます。いままでと全く違う考えに出会って、ああ、そうだったのか、とびっくりします。自分のこれまでの考え方の誤りに気づきます。 しかし、これで考え方は変わるでしょうか。わかったつもりでいても、人前に出ることはやっぱりいやですし、緊張すればやはり劣等感に打ちのめされてしまいますね。感情も考えも条件反射的にこれまでと同じ反応をします。これに耐えて、逃げたりごまかしたりしないで、ふみとどまらなければなりません。苦しいですね。この苦しい階段をのりこえるためには耐えるしかない。この耐える力を支えるのが、森田理論による新しい考え方です。この新しい考え方を自分のものにするためには、つねにこの新しい考え方で考えることが大切です。 条件反射的に古い考え方が起こってきますが、耐えながら、逃げないで、新しい考え方で考えるのです。「これが人間の自然なんだ。あるがままに、ビクビクしながら応対してゆくんだ」と自分に言いきかせます。また、夜寝る前に、森田の本を読んで、新しい考え方を確認し、今日の自分の行動、はずかしい思いを耐えて自分なりに精いっぱいやったことを認めます。私はよく、一日五分でよいから森田の本を読んで下さいと申しますのも、このことなんです。 くりかえし、くりかえし、こういうことをしてゆくことによって、新しい考え方が古い考え方にとってかわるのです。要するに、新しい考え方でつねに刺激することによって、新しい考え方が形成されるのですね。 考え方を変えるのは、感情のくせ(・・)を変えるのよりは変えやすいのですが、決してそう容易なものではありません。それに森田的な考え方が身についたからといって、油断できません。つねに、これを強化してゆかないと、またいつの間にかもとにもどってしまいます。 一度退会したかたで、何年ぶりかでまた入会してこられるかたがいます。聞いてみると、症状も軽くなったし、理論もだいたいわかったからと退会、その後は本も読まないでいたところ症状が再発したというのです。いつの間にか、古い考え方にもどってしまっているのです。 一日五分の読書、月一回の集談会出席ということが、どんなに大切か、お考えになっていただきたいと思います。
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