こうして症状から解放された(論文)
| エッセイ 森田博士の思い出 (6)/ 河原 宗次郎 (森田入院療法体験者、額縁商・神田「草土舎」創業者、1901~2002) |
| 形外会について 形外とは先生の雅号で、それをとって形外会としたとのことです。この会は先生から教えを受けた人たちが結成したもので、一ヶ月に一回集まり、先生からご講話やご指導を受けたりしたものでした。 会長は香取さん、倉田百三さん(作家、1891~1943)も顔を見せていました。水谷(啓二)さんは東大の学生で、先生のところへ寄宿し、先生のご指導を受けながら通学していました。山野井(房一郎)さんは幹事をしていたように記憶しています。 水谷さんは私の先輩でしたから、あるとき、水谷さんに、私らしい字を書いてくれと所望したところ「誠」という一字をいただきました。私はそれを板に彫ったりしました。水谷さんは、その後、私をモデルにした『草土記』(「人生晴れたり曇ったり」というタイトルで春萠社から再版)を書き、それがベストセラーになるなど、おつきあいを深めていくことになります。 私は森田先生を通じて、高良(武久)先生、高良先生の奥様である高良とみさん(元参議院議員)、鈴木知準先生など、数多くのかたがたと面識を持つことができました。私は神経質の性格をもって生まれ、とても幸せだったと思います。
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